音楽には、1つの楽曲に対して「2つの異なる権利」が存在する。ここを理解しないと、今回のビーフの本質は見えてこない。
ネイト・ドッグの息子によるスヌープ・ドッグへの告発。その核心にある「原盤権(マスター)」とは一体何なのか?
なぜアーティストたちは、この権利を巡って血みどろの争いを繰り広げるのか。ヒップホップ界で生き抜くために必須の知識を、図解を交えて徹底解説する。
音楽を構成する「2つの権利」
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出版権(Composition/Publishing Rights):歌詞、メロディ、コード進行といった「曲の設計図」に対する権利。
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原盤権(Master Rights):スタジオで録音された「実際の音源そのもの」に対する権利。
今回の事件で問題になっているのは、後者の**「原盤権」**だ。
なぜ「原盤権」が最強の資産なのか
原盤権を持つ者は、その音源から発生する収益の「蛇口」を握ることになる。具体的には以下の収益が、原盤権所有者に流れ込む。
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ストリーミング収益:SpotifyやApple Musicなどで再生されるたびに支払われる。
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シンクロ権料:映画、CM、ドラマ、ゲーム等で「その音源」が使われる際のライセンス料。
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サンプリング使用料:他のラッパーがその曲をサンプリングする際に支払う許可料。
ネイト・ドッグの歌声は、西海岸ヒップホップの「サンプリングの宝庫」であり、映画やCMでの需要も絶えない。つまり、彼の原盤権を所有することは、永遠にドル箱のオーナーであり続けることを意味する。
スヌープ・ドッグと「デス・ロウ」の特殊な状況
通常、メジャーレーベルと契約すると、アーティストは「制作費を出してもらう代わり」に原盤権をレーベルに譲り渡す。ネイト・ドッグがかつて所属した「デス・ロウ・レコード」も、当然ネイトの楽曲の原盤権を所有していた。
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過去: ネイトの原盤権は、倒産したデス・ロウの資産として点々としていた。
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現在: スヌープ・ドッグがデス・ロウを買収し、オーナーとなった。
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対立: * スヌープ側: 「俺は倒産した会社を法的に買い取った。その資産(原盤)も当然俺のものだ」
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息子側: 「父さんは生前、不当な契約を強いられていた。親友なら、その権利を家族に返すのが筋だろう。あるいは、収益を分配すべきだ」
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まとめ:なぜこれが「闇」なのか
音楽ビジネスにおいて、原盤権は「所有者が正義」という非情なルールで動いている。たとえ親友であっても、ビジネスの場では「所有者」と「部外者」に分けられてしまう。
今回の告発は、「法的な正義(スヌープ)」と「道義的な正義(息子)」の衝突であると言える。
Review
「マスター(原盤)」という言葉は、かつてレコードをプレスするための「親盤(Master)」だったことに由来する。現代では、そのデジタルデータこそがアーティストの命。J. Coleが「遺産」を語り、ネイトの息子が「権利」を叫ぶ。2026年の今、ヒップホップは音楽の質と同じくらい、その「権利のあり方」が問われる時代に突入している。







