90年代のHIPHOP黄金期から現代に至るまで、数多くの名プロデューサーたちがサンプリング・ネタとして掘り続けてきた「70年代シカゴ・ソウル」。デトロイトのモータウンやフィラデルフィアのフィリー・ソウルとは異なる、洗練されたメロウネスと社会派のメッセージ性を併せ持つこのサウンドは、いかにして生まれたのか。
その中心地となった「カートムレコーズ」レーベルの主宰者カーティス・メイフィールドと、その才能を受け継いだリロイ・ハトソン。彼らが遺した音楽的な功績と制作の舞台裏を元に当時の貴重な証言とともに紐解く。
目次
70年代シカゴ・ソウルが生み出した革新的なサウンド像
70年代のブラック・ミュージックにおいて、シカゴのサウンドは独特の存在感を放っていた。華やかなストリングスや重厚なブラスを配しながらも、甘くなりすぎない「ドライ」で洗練された質感がその特徴である。
モータウンやフィラデルフィアとは一線を画す「ドライ&クール」な空気感
当時のシカゴ・ソウルの音作りを象徴するのが、緻密に計算されたミキシングとパーカッションの導入だ。特にエコー感を抑えたドライなサウンド設計が、楽曲全体のクールな表情を作り出していた。インタビュアーの問いかけに対し、カーティス・メイフィールド自身も以下のように肯定している。
「やはり時代なんじゃないでしょうかね。たしかに、そういうやり方は当時の私が求めるサウンドの一つのアイデアの型になっていましたが、同時に、その時々で変えていってもいいのだということに、だんだんと気がついていったんですよ。それは曲にもよりますし、全体的な音作りにもよりますが。」
さらに、コンガやボンゴを取り入れたラテン調のポリリズムも大きな特徴である。「シカゴ出身の若者で、独特のフィーリングを持っていた」とカーティスが絶賛するパーカッション奏者ヘンリー・ギブスンの加入により、単なるソウルやR&Bにとどまらない複雑なグルーヴが構築された。
完璧主義なアレンジャーと裏方ミュージシャンが生んだマジック
シカゴ・ソウルを支えたのは、極めて高い技術を持つアレンジャーやスタジオ・ミュージシャンたちであった。ジョニー・ペイト、ライリー・ハンプトン、リチャード・テューフォ、ギル・アスキーといった陣営が完璧なスコア(楽譜)を用意し、楽曲に豊かな色彩を与えていたのである。レコーディングの過程について、カーティスは次のように語っている。
「ほとんどの曲は、ストリングスやホーンのアレンジャー用に、まず自分で書いた曲を歌って、そこにアカペラで自分なりに考えたり感じたりしているストリングスなりホーンなりの音を入れておいたのです。そのテープを、私からあるいはアレンジャーがまとめて、アレンジャーの方で、曲のために私が必要としていることに対して、いいアイデアを練ることになります。もちろん、スタジオに入ってからは、アレンジャー能力や助言だけでなく、私自身の考えも提示しました。」
こうした徹底したチームワークと緻密なプロダクションこそが、時を経ても風化しないシカゴ・ソウルのタイムレスな響きを生み出す根源となった。
カーティス・メイフィールド——言葉と音で世界を動かした巨星
シカゴ・ソウルの象徴であり、カートム・レーベルの創設者でもあるカーティス・メイフィールド。彼は優れたシンガーソングライターであり、ギタリストであり、社会への鋭い眼差しを持つプロデューサーであった。
映画『スーパーフライ』とサントラが生んだ社会的インパクト
70年代初頭、カーティスは映画音楽の分野でも決定的な仕事を残す。映画『スーパーフライ』などのサウンドトラックは、映画自体の宣伝効果を超えて、音楽単体として世界的な大ヒットを記録した。彼は映画における音楽の重要性について、以下のように振り返っている。
「映画そのものと同様に音楽が非常に重要だった。さらに、サウンドトラックは映画自体が公開される2〜3カ月前に発売になっていました。その感じのいい音楽が、これから公開される素晴らしい映画を、レコードを買ってくれた人たちに紹介すると同時に、音楽が映画の魅力を増すこともあるのだ、ということを世間に知らしめたわけです。」
映画の映像と密接にリンクしながらも、単なる劇伴にとどまらず、黒人社会の現実やメッセージを表現したこれらの作品は、映画音楽のあり方を根本から変えたのである。

楽器を演奏する喜びと、緻密に計算されたリズム・プロダクション
カーティスのサウンドを語る上で欠かせないのが、彼自身のギタリストとしてのアイデンティティと、常に新しい音を探求する貪欲さだ。後年、事故により身体的な自由を制限された際にも、彼のギターに対する情熱は衰えることがなかった。
「もちろん、今はギターを弾くことはできませんが、やはり本当に恋しいと思いますよ。再び自分の楽器を弾くことができないとしたら、とても耐えられないでしょうね。」
また、彼はレゲエのリズム・パターンやドラムとベースのコンビネーションにも強い関心を寄せていた。常に進化を求めた彼の姿勢が、カートムのカタログ全体に深い音楽的奥行きを与えていたのである。
リロイ・ハトソン——裏方から開花した天才シンガー/プロデューサー
カーティス・メイフィールドの精神とカートムの看板を継承し、70年代半ばのシカゴ・ソウルを実質的に牽引したのがリロイ・ハトソンである。
カートムの看板を受け継いだ名作群とメロウ・ソウルの頂点
大学時代にドニー・ハサウェイと出会い、彼を通じてカートムへと参加したリロイ・ハトソンは、当初インプレッションズのメンバーや裏方のアレンジャー/プロデューサーとしてキャリアを重ねた。そして1973年のソロ・デビュー作『Love Oh Love』を皮切りに、次々とメロウな傑作を世に送り出す。
1974年の『The Man!』では、タイトル曲や「The Ghetto」といった楽曲を収録し、レーベル内で一目置かれる存在となった。ジャケットに提示された意気込み通り、古典的な文法を守りつつも独自の柔らかい浮遊感を提示した作品である。
1975年の『LeRoy Hutson』、1976年の『Feel The Spirit』『LeRoy Hutson II』と続くソロ作品群では、滑らかなホーンやストリングス、ファルセットのヴォーカル、そしてフィル・アップチャーチらのギターが心地よく絡み合う、最高峰のメロウ・フュージョン・ソウルを完成させた。
プレイヤー・プロデューサーとしての多面的な魅力
リロイ・ハトソンは自身のソロ活動にとどまらず、ナチュラル・フォー『Natural Four』(1974年)のプロデュースを手掛けるなど、ヒットメーカーとしても類稀なる才能を発揮した。
彼が作るトラックは、2〜3音からなるシンプルなベース・ラインを延々と反復させながら、ギターやヴォーカルを緻密に対話させるという、非常にスマートで構造的な美しさを持っている。プレイヤー、アレンジャー、プロデューサー、そしてシンガーという多面的なスキルを高次元で融合させた彼のスタイルは、まさにシカゴ・ソウルの洗練を象徴するものであった。
HIPHOPとサンプリング・カルチャーへ受け継がれたシカゴのDNA
70年代に築かれたシカゴ・ソウルの緻密なプロダクションと美学は、決して過去の遺物ではない。90年代のHIPHOP黄金期において、ブームバップ(Boom Bap)の制作に携わったプロデューサーたちは、カートムのレコードから抽出された太いベースライン、乾いたドラム、そして哀愁を帯びたストリングスを好んでサンプリングした。
カーティス・メイフィールドやリロイ・ハトソンが残した音源は、カニエ・ウェスト(Kanye West)をはじめとする現代のトップ・プロデューサーたちによってサンプリングされ、新たな息吹を吹き込まれている。
プレイヤーでありプロデューサーでもある彼らの「アカデミックな技量」と「正統的なR&Bの語り口」の融合は、時代の壁を越えてHIPHOP/ブラック・ミュージックの骨格を形成し続けているのである。
Camp Lo – “Black Nostaljack (Aka Come On)” (1997)
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プロデューサー: Ski Beatz
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サンプリング元: Curtis Mayfield – “Tripping Out”
ブロンクス出身のラップ・デュオ、Camp Lo(キャンプ・ロー)のクラシック・アルバム『Uptown Saturday Night』に収録された一曲。メインのプロデューサーであるSki Beatzは、カーティスメイフィールドの「Tripping Out」から、あの心地よいベースラインと洗練されたギターのリフレインをまるごとサンプリング(ループ)している。
カーティスメイフィールドならではの「甘い浮遊感」と「引き締まったリズム」が、Camp Loのスムースかつテクニカルなラップと完璧に組み合わさった、90年代ジャジー/ソウル・ヒップホップの最高峰である。
Kanye West – “Touch The Sky feat. Lupe Fiasco” (2005)
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プロデューサー: Just Blaze
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サンプリング元: Curtis Mayfield – “Move On Up”
シカゴ出身のラッパーであるカニエ・ウェスト(Kanye West)が、同郷のルーペ・フィアスコ(Lupe Fiasco)を客演に迎えた大ヒット曲。手掛けたのはプロデューサーのJust Blazeだ。
原曲はカーティス・メイフィールドのソロ・デビュー作に収録された歴史的名曲「Move On Up」。あの突き抜けるようなブラス・セクションのループは、聴く者の心を昂らせるアンセムとして見事に再解釈されている。シカゴの先輩から後輩へと偉大なバトンが渡されたことを象徴する楽曲だ。
Mary J. Blige – “Be Happy” (1994)
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プロデューサー:Sean “Puffy” Combs / Poke (Trackmasters)
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サンプリング元: Curtis Mayfield – “You’re So Good to Me”
「クイーン・オブ・ヒップホップ・ソウル」ことメアリー・J. ブライジの2ndアルバム『My Life』からの大ヒット・シングル。
カーティス・メイフィールドの1979年作「You’re So Good to Me」から、メロウでありながら力強いグルーヴをサンプリング。バッド・ボーイ(Bad Boy)全盛期のSean “Puffy” Combsらが手掛けた重厚なHIPHOPビートの上にカーティスのソウルフルなエッセンスが乗り、90年代R&B/ヒップホップ・ソウルの金字塔となった。
Review
今回扱われた資料は、70年代シカゴ・ソウルの核心であるカートム(Curtom)レーベルと、その二大巨頭であるカーティス・メイフィールドおよびリロイ・ハトソンにスポットを当てた極めて密度の高い音楽ドキュメントである。
前半のカーティスへのインタビューでは、ヘンリー・ギブスンのパーカッションや緻密なアレンジャー陣とのやり取り、スネアのエコーを排したドライなミキシングなど、名盤の裏にある具象的な制作プロセスが本人の言葉でリアルに語られている。また、映画サントラが持つマーケティング効果や社会性への洞察も非常に興味深い。
後半のリロイ・ハトソンの論考では、彼がいかにして「カーティスという偉大な影」と向き合いながら、独自のメロウ・グルーヴを確立していったかが克明に分析されている。単なる歴史的事実の羅列にとどまらず、サンプリング時代を通じたブラック・ミュージックの血脈までを指し示す内容であり、ソウル・マニアはもちろん、HIPHOPのルーツを探求するリスナーにとっても必読の第一級資料と言える。
引用元:「black music review 1994.5」