Nas×NYC市長マムダニ、ヒップホップの「本拠地」を語る Bronx School of Hip-Hop開校

FEATURE

Nas×NYC市長マムダニ、ヒップホップの「本拠地」を語る Bronx School of Hip-Hop開校

Nasとニューヨーク市のゾーラン・マムダニ(Zohran Mamdani)市長が、ヒップホップの未来について語り合った。この対話は、2026年9月30日に公開された短編ドキュメンタリーに収められている。題材は、9月に開校した公立高校「Bronx School of Hip-Hop」だ。ブロンクスでの発祥から50年以上が経ったいま、ニューヨークは単なる「生まれた場所」にとどまらず、この文化の「本拠地」であり続けられるのか。レジェンドMCと現職市長の対話に注目した。

 

「発祥の地」で満足しない市長の言葉

対話の中でマムダニ市長は、ヒップホップがブロンクスで生まれた過去の功績を祝うだけでは足りないと語る。

 

“We want it to still be the home.”
いまも、ここが本拠地であってほしい。

 

「発祥の地」であることに甘んじることなく、現在進行形で文化が育つ場所であり続けるべきだ、という主旨だ。

Nasが語るヒップホップの原点と街の真実

記事によれば、Nasはヒップホップを単なる娯楽よりもずっと深いものとして語った。街がどんな姿で、どんな音がして、どんな空気なのかを教えてくれる文化だという。

Nasは、変化を求める人たちが自分たちの状況を世界に伝えようとした「叫び」だったと振り返る。生まれたのは、いろいろなことを抱えていた街だった、という。

Bronx School of Hip-Hopとは

今回の対話が収められた短編ドキュメンタリーは、ニューヨーク市に新設された公立高校を題材にしている。

2026年9月に開校、新入生は約100人

Bronx School of Hip-Hopは、ニューヨーク市の新しい公立高校だ。2026年9月に開校し、初年度の新入生は約100人でスタートを切った。

基礎要素と一般教科を結ぶカリキュラム

カリキュラムはプロジェクト型を採用している。一般教科の授業を、記事が挙げるヒップホップの基礎要素(MCing、DJing、ブレイキング、グラフィティ、knowledge of self=自己認識)と結びつけて構成している。

創設校長のジェイソン・レイエス(Jason Reyes)氏は、かつて多くの公的機関から周縁に置かれていた(marginalized)文化を、いまは公立教育という市の制度が支えている点を大きな変化として語っている(記事による要約)。なお、映像にはメレ・メル(Melle Mel)やファット・ジョー(Fat Joe)といったシーンの重要人物も登場する。

Nasが語る「サバイバルのその先」

生き延びるだけが人生じゃない

記事は、Nasにとって文化の継承は歴史への敬意にとどまらないと整理する。Nasは対話の中で次のように語っている。

 

“There’s more to life than just surviving. It’s all about the youth and how we get them to avoid the mistakes that so many people made.”
生き延びる(サバイバル)だけが人生じゃない。若者たちが、多くの人が犯した過ちを避けられるようにどうすればいいか。すべてはそこにかかっている。

 

自身の地元(Queensbridge)には可能性を持ちながらも、別の道を示すものがなかったために才能を伸ばせなかった人が大勢いた、とも話している。

地元を離れずに夢を追える街へ

記事によれば、若いニューヨーカーが自分を育てた地域を離れなくても野心を実現できるべきだ、というのがマムダニ市長の持論でもある。記事はこれがNasの話と重なると指摘する。筆者もそう読む。生まれ育った場所で、ただ生き延びるだけでなくその先にある夢を思い描ける街にすること。二人が見据える方向性は共通している。

音楽をやっていた市長

政治家であるマムダニ市長だが、自身もかつて表現者として活動していた。

Young Cardamom名義での音楽活動

マムダニ氏は政界入り前、Young CardamomやMr. Cardamomの名義で音楽を制作していた。2016年にはHABとの共作で多言語EP『Sidda Mukyaalo』を発表している。また、実母であるミラ・ナイール(Mira Nair)監督の映画『Queen of Katwe』では、音楽スーパーバイザーを務めた。

市長として文化の持続にどう関わるか

記事は、黒人とラテン系のコミュニティから生まれた文化を支えるために、市政として何ができるかを考える立場にいまのマムダニ氏がいると書いている。市長はこうも語った。

 

“To keep writing, to keep creating, and to keep dreaming, it’s also a reminder of what the city has to be. We have to forever be hungry.”
書き続け、作り続け、夢見続けること。それはこの街がどうあるべきかを思い出させてくれるものでもある。私たちは常にハングリーであり続けなければならない。

 

Review

ヒップホップの起点として、1973年8月11日にブロンクスのセドウィック通り1520番地でDJ Kool Hercが開いたパーティがよく知られている(※1)。

街角のストリートから世界の頂点へ。ブロンクスの熱狂が現代文化を支配するまで

この建物は2007年、ニューヨーク州の歴史保存局(OPRHP)により、州および国の歴史登録の対象となる資格があると認められた(※2)。

あの夜から半世紀以上がたち、いまは公立高校がこの文化を授業に取り入れている。かつて周縁にあった文化が、行政の制度の中に入った。大きな変化だ。

ただ、学校ができたことと、次の世代が自分のリアルな言葉で書き続けられるかは別の問題だ。この記事が伝えているのは前者の入口であり、その先どう展開していくかはまだわからない。

日本でも、川崎市が「若者文化の発信事業」としてストリートカルチャーなど若者の文化を活用し、若者が集い自らの可能性を広げるための環境づくりを進めている(※3)。完成品として飾るのではなく、若者がリアルな声を上げる「ハングリーな場」をどう維持するか。ニューヨークの試みは、今後の都市とカルチャーの関わり方を考えるうえで確かな参考になる。

引用元・参照データ

September 30, 2026 Nas Links With NYC Mayor Zohran Mamdani To Discuss Preserving Hip Hop’s Roots In The Big Apple

Nas Links With NYC Mayor Zohran Mamdani To Discuss Preserving Hip Hop’s Roots In The Big Apple

※1 NPR「50 years ago, teenagers partied in the Bronx — and gave rise to hip-hop」(2023年7月11日)

※2 XXL「Tenants To Bid On Historic Bronx Building That Birthed Hip-Hop」
News 12「Tenants try to buy Bronx birthplace of hip-hop」(2008年1月)

※3市役所通りの東京電力地上用機器をミューラルアートで彩っています

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