Jay-Z、Nellyは何を受け継いだのか? HIPHOPを支える「フィリーソウル」のグルーヴ

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Jay-Z、Nellyは何を受け継いだのか? HIPHOPを支える「フィリーソウル」のグルーヴ

90年代HIPHOPの名盤を聴いていると、華やかなストリングスや甘いメロディ、印象的なドラムブレイクに出会うことがある。その中には、1970年代のフィラデルフィアで育まれた「フィリーソウル(Philadelphia Soul)」にルーツを持つ音が少なくない。

1970年代にそのサウンドを大きく広げた中心的なレーベルが、Kenny Gamble(ケニー・ギャンブル)とLeon Huff(レオン・ハフ)が1971年に設立したPhiladelphia International Records(PIR)だ。Sigma Sound Studiosを拠点に、ソングライター、プロデューサー、アレンジャー、セッション・ミュージシャンが一体となって作り上げたサウンドは、70年代のソウル・ミュージックを代表するものとなった。

だが、フィリーソウルという音楽シーンは単一のレーベルのみで完結するものではない。The Stylisticsに代表されるように、レーベルの枠を超えてSigma Sound Studiosから数々のソウル・クラシックが誕生した。

では、その音は90年代以降のHIPHOPにどう受け継がれたのか。Jay-ZのサンプリングからNellyのインターポレーションまで、フィリーソウルとHIPHOPの接点をたどりながら、その特徴を見ていきたい。

1970年代フィラデルフィアで花開いた「フィリーソウル」とは何か

PIRの設立とCBS/Columbiaとの流通体制

 

1970年代に入ると、フィラデルフィアのソウルは独自のサウンドを確立していった。その中心となったのが、1971年にKenny GambleとLeon Huffが創設したレーベル「Philadelphia International Records(PIR)」だ。

彼らはThom Bell(トム・ベル)、Bobby Martin(ボビー・マーティン)、Norman Harris(ノーマン・ハリス)といったプロデューサーやアレンジャーたちと共に制作を行った。甘いメロディと緻密な管弦アレンジを特徴とする楽曲群を送り出し、70年代を代表するソウル・レーベルへと成長していく。

PIRの飛躍を支えた大きな要素が、メジャーレーベルであるCBS/Columbiaとの強力なパートナーシップだ。1971年、ColumbiaはGamble & Huffと独占的なプロダクション契約を結び、Gamble & HuffがPIRから作品を発表する体制を整えた。Columbiaのマーケティングと流通網が、フィラデルフィアで生まれた音楽を全米規模へ広げる力となった。

Sigma Sound Studiosとセッション集団「MFSB」

フィリーソウルの音作りを支えた現場が、フィラデルフィアのSigma Sound Studiosだ。ここはPIR専用のスタジオではなく、Avco Recordsから作品を出していたThe Stylisticsや、Atlantic RecordsのThe Spinnersなど、レーベルの枠を超えて数々のフィラデルフィア・サウンドを生み出した拠点だった。

ここを拠点に活動していたのが、約30人規模のセッション・ミュージシャン集団「MFSB(Mother-Father-Sister-Brother)」である。

MFSBは固定された単一のバンドではなく、腕利きの演奏家が集まるハウス・バンドとして機能した。ストリングス、ホーン、ベース、ドラムを組み合わせた緻密なアレンジが、フィラデルフィア・サウンドの大きな特徴だった。

PIRだけではないフィラデルフィア・サウンド――Sigma Soundから生まれた名曲

The Stylistics「Hurry Up This Way Again」— フィリーソウルの系譜を80年代へ

Thom Bellのプロデュースにより、1970年代前半にAvco Recordsから数々のヒットを連発したThe Stylisticsは、フィリーソウルを代表するヴォーカル・グループの一つだ。PIR専属のアーティストではないが、彼らもまたSigma Sound Studiosで名曲を残したフィラデルフィア・サウンドの重要人物である。

彼らは1980年にPIR傘下のTSOP Recordsから「Hurry Up This Way Again」を発表する。この曲にはPIRのキーマンであるDexter Wansel(デクスター・ワンゼル)とCynthia Biggsも制作に参加した。しなやかなリズムと幻想的なキーボードが交錯するサウンドは、70年代のフィリーソウルの系譜を80年代へつないだ一曲となった。そして、この1980年の録音が、16年後に90年代HIPHOPと接続する。Jay-Z「Politics as Usual」である。

Billy Paul「Me and Mrs. Jones」— カフェの人間観察から生まれた全米1位

1972年、Billy Paulの「Me and Mrs. Jones」はBillboard Hot 100で1位を獲得した。この曲は、GambleとHuffが通っていたカフェで毎日のように決まった時間に会う男女を見かけ、その二人に恋愛関係があると想像したことが着想源になったとされる。日常の中の小さなドラマを、ストリングスを含む豊かなアレンジとBilly Paulの歌唱で描いた楽曲だ。

The Jacksons「Enjoy Yourself」— 全米6位を記録したヒット作

フィリーソウルの制作スタイルは、外部のトップアーティストも惹きつけた。Motownを離れてEpic Recordsと契約したThe Jacksonsは、1976年にGamble & Huffと「Enjoy Yourself」を制作した。Sigma Sound Studiosで録音されたこの曲は、全米Billboard Hot 100で6位、Billboard Hot Soul Singles(R&Bチャート)で2位を記録した。

McFadden & Whitehead「Ain’t No Stoppin’ Us Now」— アンセムに込められた思い

長年、Gamble & Huffのもとでソングライター/プロデューサーとして活動していたGene McFaddenとJohn Whiteheadが、1979年に自ら歌ったのが「Ain’t No Stoppin’ Us Now」だ。曲は「何ものにも止められない」という力強いメッセージから、黒人の自己肯定を象徴するアンセムとして広く受け止められた。一方、Whiteheadは後年、この曲にはGamble & Huffから独立したいという自分たちの思いも込められていたと語っている。

フィリーソウルとシカゴソウル――二つの「都市型ソウル」は何が違ったのか

制作体制と特徴の比較

同時代に隆盛を誇った「シカゴソウル」と「フィリーソウル」は、どちらもストリングスやホーン、ゴスペルの要素を備えていた。両者は明確に線引きできるものではなく、それぞれの都市の環境や制作体制によって異なる傾向が育ったと捉えるのが自然だ。

項目 シカゴソウル フィリーソウル
時期 1960年代〜 1960年代後半〜70年代
音の傾向 ゴスペル由来のハーモニー、ポップ感覚、ホーンやストリングスを使ったアレンジ ストリングス、ホーン、強いリズム、緻密なスタジオ制作
主要人物  Curtis Mayfield, Carl Davis, Johnny Pateら Gamble & Huff, Thom Bell, Bobby Martinら
制作拠点・体制 複数のレーベルや制作陣が形成 PIRとSigma Sound Studiosの結びつきが強い

 

 

Earl Youngのドラムが生んだディスコへの架け橋

フィリーソウルのリズム面を語る上で欠かせないのが、MFSBのドラマーであるEarl Youngだ。

Harold Melvin & the Blue Notesの「The Love I Lost」(1973年)でEarl Youngが聴かせた4つ打ちのバスドラムと細かなハイハットは、後のディスコ・ドラムを語る上で重要なスタイルの一つとなった。フィリーソウルの強いリズム感は、こうして1970年代後半に広がったディスコのドラム・スタイルの一つにつながっていった。

HIPHOP文化へ受け継がれた音と手法

HIPHOPのプロデューサーたちは、フィリーソウルの音源をさまざまな手法で再利用してきた。ここでは「サンプリング」と「インターポレーション(再演)」の表現手法から、具体例を見ていく。

サンプリング(Sampling)① メロディ・フレーズ――The Stylistics → Jay-Z

実際の録音音源の一部を切り取ってトラックの骨組みにする手法がサンプリングだ。

The Stylistics / Hurry Up This Way Again(1980年)

 

  • Jay-Z「Politics as Usual」(1996年): プロデューサーのSki Beatzは、The Stylisticsの「Hurry Up This Way Again」(1980年)の音源をサンプリングした。Thom Bellらの仕事によって70年代フィリーソウルの代表格となったThe Stylisticsだが、この80年のTSOP盤はDexter Wanselも関与している。Ski Beatzはその印象的なフレーズを取り出し、Jay-Zの1stアルバム『Reasonable Doubt』のキー曲へと組み込んだ。

 

 

サンプリング(Sampling)② ドラムブレイク――Dexter Wansel「Theme From the Planets」→ K-Solo

歌やメロディだけでなく、曲の根幹を支えるドラムのリズムそのものを抜き出すサンプリングも盛んに行われた。

Dexter Wansel「Theme From the Planets」(1976年)

  • Dexter Wansel「Theme From the Planets」(1976年): PIRのプロデューサー/アレンジャーとして知られるDexter Wanselの「Theme From the Planets」も、HIPHOPのサンプリング・ソースとして知られている。特に冒頭のタイトなドラムブレイクは、1990年のK-Solo「Your Mom’s in My Business」など、90年代HIPHOPの制作で使われた。華やかなフィリーソウルのオーケストレーションだけでなく、その中に組み込まれたドラムやリズムも、HIPHOPのプロデューサーにとって重要な素材だった。

インターポレーション(Interpolation/再演)――Patti LaBelle「Love, Need and Want You」→ Nelly「Dilemma」

録音音源をそのまま使うサンプリングとは異なり、既存のメロディや歌詞を別のミュージシャンが新たに演奏・歌唱し直す手法がインターポレーションだ。

  • Nelly feat. Kelly Rowland「Dilemma」(2002年): 「Love, Need and Want You」(Patti LaBelle, 1983年)でKenny GambleとBunny Siglerが作り上げたメロディは、約20年後、NellyとKelly Rowlandによる「Dilemma」で新たな形に生まれ変わった。フィラデルフィアで生まれたメロディが、2000年代のHIPHOP/R&Bへ受け渡された一例である。原曲のソングライターであるKenny GambleとBunny Siglerも、「Dilemma」のクレジットに加わっている。

まとめ:レコードの溝からHIPHOPへ渡った音

1970年代にSigma Sound Studiosを中心に形作られたフィラデルフィア・サウンドは、90年代以降のHIPHOPにも残っている。

Jay-ZがThe Stylisticsをサンプリングし、NellyがPatti LaBelleのメロディを取り入れたように、フィリーソウルの音は、形を変えながら後のHIPHOPやR&Bにも受け継がれている。さらに、Earl YoungのドラムやDexter Wanselのブレイクは、プロデューサーたちがレコードを掘る中で何度も発見されてきた。

自分が好きなHIPHOPトラックの元ネタを掘り下げていくと、フィリーソウルのレコードに行き着くことがある。そこには、70年代のフィラデルフィアで作られた豊かなアレンジとグルーヴが刻まれている。

Review:HIPHOPの元ネタから見るフィリーソウル

フィリーソウルを聴く面白さは、単に元ネタを探すことだけではない。Jay-Zの「Politics as Usual」を聴いた後にThe Stylisticsを聴けば、同じフレーズがまったく違う表情を見せる。Earl Youngのドラムを知れば、ディスコやクラブ・ミュージックのリズムがどこから来たのかも見えてくる。

一枚のレコードを起点に音を掘っていくと、70年代のフィラデルフィアで作られたリズムやメロディが、90年代以降のHIPHOPでも繰り返し使われていることに気づくだろう。サンプリングやインターポレーションという手法は、過去の音源を再利用するだけでなく、歴史の異なる地点にある音楽同士を結びつける役割を果たしてきた。

さらにEarl YoungのドラムやDexter Wanselの「Theme From the Planets」を聴けば、フィリーソウルがHIPHOPに残したものは歌やメロディだけではないことが分かる。70年代のフィラデルフィアで作られたリズムやアレンジが、サンプラーを通して別の曲へ姿を変えていった。

HIPHOPを聴いていて「この音はどこから来たんだろう」と思ったら、フィラデルフィアのレコードを掘ってみる。Jay-Zの「Politics as Usual」からThe Stylisticsへ、K-SoloからDexter Wanselへ、Nellyの「Dilemma」からPatti LaBelleへ。90年代以降のHIPHOPを掘り下げていくと、その背景には70年代フィラデルフィアの音楽が見えてくる。

引用元・参照元

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