ヒップホップ史において、NasとJay-Zほどドラマチックな関係性を持つ2人は存在しない。
かつてニューヨーク・ヒップホップの覇権を争い、激しいビーフ(確執)を繰り広げた両雄。彼らは今、互いの偉大なキャリアを称え合う唯一無二の存在となった。
今回、Nasがストリーミングプラットフォーム「Tidal」にて、Jay-Zの楽曲を自ら選曲したプレイリストを公開した。Jay-Zのデビューアルバム『Reasonable Doubt』の30周年、そして彼の輝かしいキャリアを祝うための特別なキュレーションだ。
目次
かつての宿敵が交わす極上の敬意。Nasが編んだJay-Zプレイリスト『Curated By God’s Son: Hov』
31曲に込められたリスペクト。盟友のキャリアを称える至高のキュレーション
Nasが公開したプレイリストのタイトルは、『Curated By God’s Son: Hov』だ。 このプレイリストは全31曲で構成されている。
選曲の最大の特徴は、Jay-Zの特定の時期に偏ることなく、彼のキャリア全体を広くカバーしている点だ。 NasがJay-Zの音楽カタログ全体に払い続けている深い敬意(リスペクト)が選曲からダイレクトに伝わってくる。
最愛のアルバムはデビュー作。Nasを象徴する「あの名曲」のサンプリングも
プレイリストの中で最も多く選曲されたアルバムは、Jay-Zの金字塔であるデビュー作『Reasonable Doubt』だ。 具体的には、以下のクラシック曲たちが名を連ねている。
-
“Can’t Knock The Hustle” featuring Mary J. Blige
-
“D’Evils”
-
“Brooklyn’s Finest” featuring The Notorious B.I.G.
-
“Dead Presidents II”
特に「Dead Presidents II」は、Nas自身の歴史的名盤『Illmatic』収録曲「The World Is Yours」の一節をサンプリングした楽曲だ。Jay-ZはPete Rockがプロデュースした同曲から、Nasの
“I’m out for dead presidents to represent me.”
というフレーズを引用している。
この楽曲がリスト入りした事実は、彼らの交差する歴史を物語る上で極めて象徴的だ。
さらに、Jay-Zのセカンドアルバム『In My Lifetime, Vol. 1』や『American Gangster』からそれぞれ3曲ずつを選出。 『The Blueprint』、『The Blueprint 2: The Gift & the Curse』、そして『4:44』といった傑作群からも複数曲が選ばれている。 Kanye Westとのコラボ作『Watch The Throne』や、Nas自身のアルバム『Hip Hop is Dead』での共演曲「Black Republican」まで網羅した、非常にバランスの取れた選曲。
2021年の伏線回収。Jay-ZがかつてNasに贈った『Curated By The God Hov: Nas』との違い
初期2作に心酔したJay-Zの偏愛的な選曲スタイル
今回のNasによるプレイリストは、実は2021年に行われたJay-Zによる粋な計らいへの返礼でもある。 当時、Jay-Zは『Curated By The God Hov: Nas』と題した24曲のプレイリストを公開し、Nasへのリスペクトを示していた。
しかし、二人の選曲アプローチには興味深い違いがある。 Jay-Zは、Nasの初期2作に対する圧倒的な偏愛を見せたのだ。 全24曲のうち、なんと半数以上を以下の2アルバムから選出している。
-
『Illmatic』(Nasのデビュー作):最多となる8曲を選出
-
『It Was Written』(セカンド作):4曲を選出
キャリア全体にわたる楽曲をバランスよく選んだNasに対し、Jay-Zは「Nasの初期衝動と黄金期のペン(筆力)」をピンポイントで愛したと言える。
客演ヴァースまで拾い上げる「言葉の力」
Jay-Zのプレイリストの面白さは、Nasのアルバム曲だけでなく、他アーティストの作品で残した客演(ゲストヴァース)の仕事にまで光を当てた点にある。 具体的には、以下の3曲でのNasのラップが選ばれていた。同じラッパーとして、Nasの「言葉の力」をどれほど評価しているかが分かる選曲だ。
Kanye West / We Major
Raekwon / Verbal Intercourse
Mobb Deep “Eye for a Eye”
歴史を揺るがしたビーフから「Game Recognizes Game(本物は本物を認める)」の境地へ
90年代から2000年代初頭の確執、そして和解の軌跡
ここで、二人の歴史を少しだけ振り返っておこう。 90年代後半から2000年代初頭にかけて、彼らはニューヨーク・ヒップホップ界の「王座」を巡り、歴史上最も熾烈なビーフを繰り広げた。 2001年にJay-Zが放った「Takeover」と、それに対するNasのアンサー「Ether」の応酬は、今なお語り継がれる伝説だ。
しかし彼らは2005年、コンサート「I Declare War」のステージ上で劇的に和解した。 その後は互いの楽曲でコラボレーションを重ね、今や王座を争うライバルから、シーンを牽引する双璧の盟友へと関係性を昇華させた。 今回のプレイリストの交換は、その到達点とも言える。
シーンの核心を突く公式コメントを読み解く
Tidal公式が残した「Diabolical Pen(恐るべき筆力)」への賞賛
Tidalの編集長であるトニー・ジェルヴィノ(Tony Gervino)は、この二人のやり取りを「究極の、お互いを認め合う瞬間」と評している。 彼のコメントは、この歴史的イベントの本質を完璧に捉えている。
「JAY・Zと Nasは、歴史上のいかなる時代の、いかなる音楽ジャンルにおいても、最も重要で、影響力があり、そして成功を収めた2人のアーティストである」
と、Tidalの編集長トニー・ジェルヴィノは語る。「数年前、ジェイは独占的なTidalのプレイリストを通じて、ナズの恐るべき筆力を称えた。そして、ホヴ(ジェイ・Z)の伝説的なヤンキー・スタジアム公演の数日前の夜、クイーンズの王(Nas)がその恩を返す。これこそが、私たちが考える『究極の一流が一流を知る(game-recognizes-game)』瞬間だ」
Review
このプレイリストがヒップホップ界に提示する「美学」
この二人のプレイリスト交換劇を前にして、私は胸が熱くなるのを抑えきれなかった。
かつて剥き出しの敵意をぶつけ合い、ニューヨークの覇権を激しく争った彼らが、お互いのキャリアを自らの手で「選曲」し、公式に称え合っている。これほど美しいヒップホップの成熟が他にあるだろうか。
特にNasが『Reasonable Doubt』を最も重視した点は象徴的だ。このアルバムがリリースされた1996年当時、彼らはまだ直接的なビーフには至っていなかった。
「Dead Presidents II」での自身の声をサンプリングしたJay-Zの楽曲を、20数年の時を経てNas本人が「俺のお気に入りだ」とプレイリストに入れる。その行為自体が、かつての確執すらも自分たちの共有する「輝かしい歴史の一部」として象徴的にも映る
Jay-ZのプレイリストがNasの「ラップスキル( diabolical pen)」に焦点を当てたものだったのに対し、Nasの選曲はJay-Zの「ディスコグラフィの完成度と多様性」に焦点を当てている。この対比も非常に面白い。
ただの懐古主義ではない。今なお現役として最前線に君臨し続ける二人の「Game Recognizes Game(一流は一流を知る)」の美学が、この31曲(そして2021年の24曲)には凝縮されている。
全てのヒップホップファンは、この2つのプレイリストを並べて聴き、彼らが歩んできた30年の軌跡に思いを馳せるべきだ。